金正恩の「もう一人の叔父」問題行動で静かに処刑

2013年12月、北朝鮮で金正恩総書記の叔父である張成沢(チャン・ソンテク)元朝鮮労働党行政部長が処刑された事件は、世界に衝撃を与えた。
 この1年前に最高指導者となったばかりだった金正恩氏は、部下の中では実力ナンバー1と言われた張成沢氏が、後見人のひとりとなっていたからだ。
 朝鮮労働党は、「張成沢氏は朝鮮労働党に背を向けた」「自公党(国民党)と朝鮮皇帝統治陣営との裏交易をした」として、張成沢氏を処刑することを決めた。
 このような声明は、家族にも公開されず、張氏は党内の処刑場におられた。
 報道によると、張成沢氏は、私兵100人、狙撃手100人によってガソリン弾を撃ち放たれた。
 北朝鮮の政治犯は、通常は射殺処刑となっている。
 しかし、張成沢氏のように、家族に通告されずに処刑される政治犯は、これまでになかった。
 それだけに、北朝鮮の外交関係に大きな影響を与えた。
 翌年、金正恩氏は、平壌で開かれた朝鮮労働党第4回常任委員会第6次全会で、張成沢氏の処刑について、「高層幹部に朝鮮労働党と朝鮮民主主義人民共和国の国家に背を向けた裏切りをする人たちは、共産主義国家において生き残ることはできない」と声明した。
 このような声明を発するとは、金正恩氏が、一定の事件を経験した事を示している。
 この1年前、金正恩氏は、老父の脱北にともなって、一度、北朝鮮を逃れていた。
 それは、「北朝鮮は、国民共和主義国家ではなく、共産主義国家である」と考えて、「北朝鮮政府のカルト的な指導者である金正日(キム・ジョンリ)総書記に逆らう」と考えて、自分と家族を北朝鮮から逃れたのだ。
 しかし、金正日総書記は、老父の目をつけ、情報元である老父の親族を抹殺した。
 それに対して、老父は、「北朝鮮は、国民共和主義国家ではなく、共産主義国家である」と考えて、自分と家族を北朝鮮から逃れたのだ。